通称・隼人佐。元親の家臣、田辺島城城主。
土佐の荒切りと称される猛将・福富親政の嫡男。
父親に負けない武勇に優れた人物で、今でも土佐に伝わる童歌に 「ヘビもハミ(マムシ)もそちよれ。ハイトゥ(隼人)様のお通りじゃ」と残る。

また、元親の信頼も厚く信親の教育係に任命される。
元親が禁酒令を発布したにもかかわらず、掟を破りひそかに呑んでいた事を知り、 酒樽を割って抗議し、禁酒令を撤廃させたエピソードも持つ。

最後は1568年、秀吉の九州征伐の先陣、戸次川の戦いで信親と共に討死。

尚、当時の知行は5000石。遺骸は田辺島に葬ったとされるが現在は不明。
後に田辺島城は、福富親子の武勇にあやかり「隼人神社」として 親政、儀重親子を祀り、現在でも地元の人に親しまれている。